サロン・ド・PD 第5回は、「パーキンソン病にはどうしてなるの?」という題でお届けします。
「パーキンソン病にはどうしてなるの?」の「どうして」を「どのようなメカニズムで?」(英語で言うとHowの質問)と考えてお話します。
発症のメカニズムについては、数多くの仮説が提唱されています。そのいくつかを紹介します。すべてではありません。代表的なもののみです。それでも、酸化ストレス仮説、ミトコンドリア仮説、カルシウム調節異常仮説、αーシヌクレイン仮説→プリオン仮説、リソゾーム仮説、遺伝子異常(家族性パーキンソン病)などがあります。
パーキンソン病発症のメカニズムを単一の原因で語ることは不可能で、いくつかの要因が組み合わさっていると考えられます。研究が進むにしたがって、ますます複雑化しています。
ドパミンが代謝される過程で活性酸素が発生します。活性酸素は、細胞には有害な物質です。ドパミン神経細胞にとって、ドパミンの代謝過程で生じる活性酸素にさらされる(酸化ストレス)のは、宿命ともいえます。酸化ストレスを生じるには、ドパミン代謝以外にも、ミトコンドリア異常、タンパク分解異常、炎症反応、α‐シヌクレイン凝集などの関与が明らかにされています。
ミトコンドリアは、細胞内に存在する小器官と呼ばれるものの一つです。ミトコンドリアでは、酸素を使ってエネルギーを発生させます。細胞にとってのエネルギー工場、エンジンです。エネルギー産生の際に、活性酸素がリークすることがあります。活性酸素は、ミトコンドリア自体を傷つけ、自殺物質を放出することがあり、これは細胞死につながります。
ミトコンドリアは、とても大切な器官であるとともに、扱いに苦労するものでもあります。 そもそも、ミトコンドリアは、20億年前に、祖先的宿主細胞に侵入し、共生するようになった別の生命体であると、現在考えられています。
傷ついたミトコンドリアは、品質管理されています。障害を受けたミトコンドリアは、異常部分を分裂で切り離します。切り離された異常部分は、いろいろなたんぱく質の関与があって、最終的には、マイトファジーというメカニズムで溶かされてしまいます。いろいろなタンパク質といいましたが、parkinやPINK1は、家族性・遺伝性パーキンソン病の原因遺伝子です。このことからも、一般の孤発性パーキンソン病においても、ミトコンドリア仮説は有力と考えられているわけです。異常ミトコンドリアを処理できないと、活性酸素や自殺物質が、それからどんどん放出し続けられます。
カルシウム調節異常については、iPS細胞を使った、研究を簡単に紹介します。 次いで、α-シヌクレインのお話です。ミトコンドリアのいろいろな機能に、α‐シヌクレイン凝集体が悪さをしています。α-シヌクレイン自体は有用なたんぱく質ですが、凝集体と云って塊を作ると悪さをするのです。α-シヌクレイン凝集体は、ミトコンドリア機能の妨害だけでなく、タンパク合成に必要な小胞体輸送に異常をきたしたり、シナプス伝達に重要ないくつかの働きを阻害します。
α-シヌクレインの厄介なところは、これに留まりません。異常なα-シヌクレインは、増幅し、凝集体を作り、それが細胞死につながります。さらには、異常なα-シヌクレイン凝集体が周囲に伝搬します。また、細胞内に異常α-シヌクレインが蓄積することで、リソゾームやプロテアソームを阻害します。リソゾームやプロテアソームは、多くの種類のたんぱく質の品質管理に関わっているので、その機能の低下は、細胞内にゴミが溜まっていくことになります。
そもそも、最初の異常α-シヌクレイン凝集体は、どこで生成されたのか?それは、腸であるという説があります。「腸から脳に伝搬するのだ。パーキンソン病の運動症状が発生するまえに、前駆症状として便秘があるではないか!」となります。虫垂にもα-シヌクレインの蓄積があり、虫垂切除した人はパーキンソン病になりづらいという報告もあります。いやいや、腸から脳があるように、脳から腸の経路もある。血液で伝搬する可能性もある。伝搬ということでもこんなにもいろいろな説が提唱されています。
「パーキンソン病にはどうしてなるの?」の「どうして」を「どのようなメカニズムで?」、英語で言うとHowの質問としてお答えしてきました。Howの疑問から治療法が開発されてきました。今後の治療法開発の基礎にもなります。しかし、「どうしてパーキンソン病になってしまったのでしょうか?」という質問が、「どうして、「このわたし」が、パーキンソン病になってしまったのでしょうか?」(Whyという質問)であるなら、現段階で答えを見つけることはきわめて困難です。Howを突きつめることでWhyに答えることができるようになることを期待しています。
2021年7月28日
北海道医療センター
難病診療センター 菊地誠志