多発性硬化症(multiple sclerosis、以下MS)は、免疫の異常により中枢神経に慢性の炎症が起こる神経免疫疾患の一つです。多くの患者さんは20〜40歳代に発症し、治療を受けない場合には、中枢神経症状の悪化と改善を繰り返しながら経過します。MSでみられる症状は、ものが見えづらい、ものが二重に見える、ふらつく、手足に力が入りにくい、体の一部がしびれる、感覚が鈍いなど多彩です。多くの患者さんでは、これらの症状が数日から数週間かけて悪化し、その後軽減するという経過を繰り返します(再発寛解型)。一方で、一部の患者さんではこのような急激な症状の悪化が目立たず、症状がゆっくり進行することがあります(一次性進行型、二次性進行型)。
MSの診断は、一つの検査だけで確定できるものではなく、発症からの経過、神経診察、MRI検査、血液検査、髄液検査など、複数の検査結果をもとに総合的に判断します。そのため、MSの診断は必ずしも容易ではなく、一部の患者さんでは他の疾患との区別に時間を要することがあります。当院では豊富な診療経験に加えて、最新のMRI撮像技術を用いた診断方法を用いることで、早期の確定診断と治療開始に努めています。
MSの治療は、「再発時の治療」「再発や症状の進行を予防する治療」「残存した症状に対する対症療法・リハビリテーション」に分かれます。再発時には、ステロイドの点滴を3〜5日間連続で行う治療が一般的です(ステロイドパルス治療)。当院では、症状や病状に応じて、入院または外来通院でステロイドパルス治療を行っています。一方で、MSと診断された場合には、できるだけ早い段階で再発や症状の進行を予防する治療を開始することが重要です。日本では以下の8種類の薬剤が使用可能です(2026年4月現在)。

これらはまず再発型MS治療薬、進行型MS治療薬に分類され、再発型MS治療薬はさらに中効果薬と高効果薬に分類されます。なお、ケシンプタは再発型MS治療薬の高効果薬であり,同時に進行型MS治療薬でもあります。
多くの方は、まず再発型MSと診断されます。その際に中効果薬と高効果薬のいずれを選択するかを考えることになりますが、その際に参考となるのが、多発性硬化症・視神経脊髄炎診療ガイドライン2023に掲載されている治療アルゴリズムです。重要なのは、将来の症状進行の可能性を見極め、そのリスクに応じて中効果薬と高効果薬を使い分けることです。

将来の症状進行を予測する手がかりとして、このアルゴリズムでは、再発頻度、MRI活動性、身体機能障害、脳萎縮の4点を挙げています。このように、将来の症状進行を予測する手がかりとなる患者さんの特徴を予後不良因子と呼びます。
予後不良因子が多い患者さんでは将来の進行リスクが高いと考えられるため、初めから高効果薬で治療することが検討されます。一方、予後不良因子が少ない患者さんでは、まずは中効果薬で治療を開始することも選択肢となります。このように、患者さんそれぞれの状態に応じて治療を選択することを個別化医療と呼びます。当院では、ガイドラインや病状を踏まえながら、患者さんごとに治療方針を検討しています。
進行型MSの治療を考えるうえで重要なのは、最近のMSの分類について理解することです。MSは再発寛解型、一次性進行型、二次性進行型に分類されてきましたが、この分類は1996年に提唱された考え方に基づいています。その後、2013年に分類が改定され、再発寛解型、一次性進行型、二次性進行型という名称は残りましたが、活動性の有無、進行の有無によってMSを分類することの重要性が強調されるようになりました。活動性とは再発やMRIで新しい病変が出現することであり、進行とは再発とは別に神経障害が徐々に悪化することを指します。

MS患者さんは通院時に定期的に検査を受けますが、その目的は、疾患活動性を把握することと、治療薬の副作用を確認することの2点です。疾患活動性の評価は主にMRI検査で行い、一般的には4〜6か月ごとに確認します。副作用の確認は主に血液検査で行い、一般的には2〜6か月ごとに実施します。近年は強力な再発予防治療が登場したことで、再発がほとんどみられない患者さんが増えています。しかし、このような再発のない患者さんでも、一部では発症からそれほど長い期間が経っていない段階であっても、二次性進行期のように神経症状が徐々に悪化することがあります。このような、再発とは無関係に進行する神経症状を、最近ではProgression Independent of Relapse Activity(PIRA、ピラ)と呼びます。
さらに、近年の研究では、MSでは初発の数年前から中枢神経に慢性炎症が存在している可能性が示唆されています。ただし、このようなPIRAや中枢神経の慢性炎症は、現在の診療技術だけで正確に捉えることが難しい場合があります。そのため、再発の有無だけでなく、症状のわずかな変化も含めて継続的に評価していくことが重要です。このような背景から、当院ではMS患者さんの症状進行をできるだけ早く捉え、治療につなげることを重視しています。
北海道医療センターにおいてMS患者さんに受けていただいている定期検査について解説しています。現在では、MS治療の目標は再発を抑えることに加えて、慢性の神経障害の進行を抑え、長期にわたり生活機能を保つことにあります。